永田愛さんの歌集「アイのオト」より
冬の日にわれとふたりで生まれ来しいもうとがいて墓に眠れり
「抱けんまま骨になった」と母は言う木綿豆腐を切りわけながら
人混みでときおりわが手をひいてくれる妹の手はピアノを弾く手
霜月の部屋の扉は修理され滑らかにまわる銀色のノブ
やり直しのできる仕事の明るさよおもてを上げて廊下をまがる
どこからかようやく着いた舟みたい母がひなたに籠(クーハン)を干す
夫と子がいてもさみしい友だちのはげまし方を教えてほしい
冬の夜の空のたかさが苦手なりこの世にのこる覚悟が足りず
ちちははの死後のわが家とおもうまで蛇口のしたの滴がかわく
水平線までの遠さよ人間はひかりをかえす鱗を持たず
履くひとのいなくなりたる白い靴すなに半分埋まったままの
手花火の音がこわくてわが膝に凭りてくる児に空けておく膝
たくづのの白紙の舟いまきみが折っているのはたぶんかなしみ
きみまでの海図をふたたび描きなおす 冬を過ぎても雪の降る海