ゆるら短歌diary

ゆるらと、短歌のこと書いていきます  

【毎日短歌】×【短歌の日大賞】テーマ「嘘」選評

【特選】

あまおうの「あ」が甘いではないようにそのあいたいに愛はないけど     結城熊雄(@yuki_kumao)

 「あまおう」はイチゴの登録商標名。あまおうだから、誰もがすぐに、「あまい」から引用されていると思ってしまう。ところが、そうではなくて、「あかい」「まるい」「おおきい」「うまい」の頭文字から名付けられているそうだ。さて、掲出歌、「逢いたい」と言われたときに、何の躊躇いもなく自分に愛情を持ってくれていると思うのはあまりにも早計ではないだろうかと立ち止まっている。題詠「嘘」として、この一首に向かい合ってみると、言葉のもつ深さに力をもらいながらも、その言葉というものに翻弄されている私達の生き様が見えてくる。「あ」の重層的な連なりが言葉の持つかなしみに気づいたときの感嘆詞のようだ。

【入選】

お客さま そこになければないですね なければないです 星じゃないんで   なにもない子(@nanimo_naiko)

 日常、スーパーなどで、何気なく交わす店員さんとの会話を引用しながら、結句がパラレルワールドのように立ち上がり、詩情が広がる。私達が夜空を仰いで目視できる星はほんとうにごく一部、その背景には、容易に可視化できない世界があることを思う。明確に個数が限定されて店頭に並んでいる商品との対比がおもしろい。

【入選】

裏表逆に履いたら靴下に世界はしまわれて、冬の森     髙山准(@m99ejxj )

 靴下を裏表に履いたというだけの行為だが、その違和感から嘘っぽさを感じ、身辺が反転したような居心地の悪さを感じてしまった。外の世界へ広がり、躍動感のある春ではなくて、内に向かい、何かを閉じ込めてしまうような冬の森が心象風景としてそこにある。 

【入選】

おごそかな狐薊の風媒にぼくの自白が混じってしまう   青兎(@HaL7sg)

 狐薊は、薊に似ているが、薊のような鋭いトゲを持たない。綿毛は、化粧道具の筆のように、花であったときよりも何倍もの嵩になってやがて飛び立つ。その旅立ちは、フォーカスすると「おごそか」と言えるかもしれない。その風景のなかに身をおけば、自らの過ちも、素直に言葉にすることができそうだ。ちなみに、花言葉は「嘘は嫌い}

【入選】

日記には楽しかったと書いた日の筆圧だけがほんとうだった   ケムニマキコ(@qeiV97pW0x5342)

 小学生の頃の夏休みの日記、まだ語彙が少なくて、ただ「楽しかった」と言葉少なくしか書けなくて、それでも筆圧が、それ以上の思いを語っている…と読んだ。ただ、題詠が「嘘」であるから、「楽しかった」と書いたけれど、そこには表現できないネガティブな思い、たとえば怒りのようなものがあったのだろうか。思い出のようなかたちで読んだが、大人になってからのこととして読めば、また違う味わいがある。

【佳作】

満ち潮に蒼く漂う夜光虫 私の嘘はまだばれてない     田仲トオル(@tanankatoru )

 夜に外的な刺激を受けると、青白く発光する夜光虫、上句の幻想的な光景と、自らのなかの嘘が何かのはずみで、あからさまになるのではという不安と恐れ、抜き差しならぬようなものではなく緩やかな、どちらかというと、甘い嘘という印象を受ける。

【佳作】

閻魔さま、加工は嘘になりますか? 化粧は?ジャッジお願いします   毛布(@moufu412)

 閻魔大王は、冥土で死者の行いを審判し、嘘をつくと舌を抜かれるなどと言われてきた。それを、現代のSNS上で加工を施した画像が溢れている状況にからめた。口語の語り口に思わず苦笑してしまう。 

【佳作】

ほんとうがひと匙まざり嘘つきのねるねるねるねが口で暴れる     亜麻布みゆ(@amanumiyu)

 「ねるねるねるね」を、まだ体験したことはない。手作りのお菓子のようなもので、子ども向けかと思ったら、どうやら大人仕様のものもあるらしい。「ねるねるねるね」の独特の商品名から、その手作りの過程を想像することができ、一首に変化をもたせている。結句によって、それが炭酸系のものであることも想像できる。体感していない読者にも、短歌によって伝えることができるのだと思わせてくれた一首。 

【佳作】

好きなのを選んでいいというママの選んでほしい赤を選んだ    後藤たり(@tali_log_x)

 好きなのを選びなさい…と言われて、自らの意思で選んだつもりなのに、これは、母が好きな色だと気づく。母と子のつながりのなかで、自然と脳内に降り積もっていくお互いの嗜好や思考の記憶。「嘘」というテーマからすれば、わざと嘘をついたということになるのだろうが、前述のように自然な行為のように感じる一首である。

【佳作】

墓場まで持っていく嘘が多すぎて棺が花と噓とで満ちる    晩夏(@yukunatsuni )

 よく、これは誰かを傷つけることになるから、他人には言わず、自分だけの秘め事として、墓場まで持って行く…というような事をいう。それは、暗いイメージだが、掲出歌、そんな嘘が多すぎて、棺が花と嘘でいっぱいになってしまったという。読者は、この明るく言い放った言葉に、何故か力をもらう。

【佳作】

ミルキーが甘やかすからあかんねん歯にくっついて嘘がとれへん      きいろい(@kiroi_iorik)

「ミルキーはママの味~♪」幼い頃の記憶と結びつく読者も多いかもしれない。あの独特の甘さを大人になって思い返すとき、それぞれどんな印象をもつのだろうか。関西弁で、ゆるやかに詠いながら、自らの奥深くを見つめている歌である。

【佳作】

母さんが悲しい嘘をつくときの瞳の奥にある三面鏡     猫背の犬(@nekozenoinuinu)

 三面鏡は、正面だけではなく、横向きや後方近くまで映すことができる。この三面鏡は、近代的な建物のなかに設えられたお洒落なものではなく、昔ながらの昭和の時代にあった鏡台をイメージした。母親が、子どものためにつく嘘、その背景には、他の家族や社会との関わりから生まれる場合もあり、実に多面的だということだろうか。 

【佳作】

プラシーボ効果のためのラムネ玉だましだまして地下鉄にのる     水の眠り(@mizunonemuri1)

 薬だと信じて飲むと、ただの水であっても、症状が緩和されたりすることがある。そんな「プラシーボ効果」を「嘘」というテーマのもとに詠んだのが印象に残った。「だましだまして」は、「プラシーボ効果」にじゅうぶん述べられているので他の言葉でも。

【佳作】

コップから溢れた嘘を袖口で拭う嘘には長袖がいい     アゲとチクワ(@age_to_chikuwa)

 コップから溢れた嘘を袖口で拭う 嘘には長袖がいい と区切って読んだ。「嘘には長袖がいい」、何の根拠もないはずなのに、そう思わせてくれる押しつけがましくない魅力を感じた。

【佳作】

違和感は優しさだったサバ缶の骨は囁くように崩れて    インアン(@inan_erotica )

   サバ缶の身の柔らかさを思った。本来は、骨もあり、ほどほどの歯ごたえのある鯖が、崩れるほどに柔らかく詰められている。共に暮らしている人との関係性が、優し過ぎるということによって違和感を感じることもあるのだ。それは、築いてきたものが崩れてゆく前兆だったりする。